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修行

ピアウイから先日帰ってきたとばかりですが明日から2週間バイーア州、リオデジャネイロ州、サンパウロ州と武者修行の旅に出てきます!

この旅が終われば、あとはその10日後に迫る帰国を残すばかり。

10月からのブラジル滞在ももう5ヶ月が過ぎたなんて・・・!

みなさん、この5ヶ月はどんな5ヶ月でしたか?

楽しいことも、悲しいことも、辛いことも、感動するようのことも、皆さん一人一人きっと色々あったことでしょう。そのなかでも英語の勉強がちゃんと含まれていること切に願いますが!(笑

さてこの10年ほどで気づいたことですが、

人の成長というもの、周りも感じ取れるもの。

要するに、色々何かを頑張って成長しようとしている時は誰しもあって、ただその頑張りが成長のために十分であるかそうでないかは結局自分ではわからないのではないでしょうか?

わかったつもりでいることはできます。

でも僕たちのまわりにいる人がはっきり感じ取れてこそ本当の意味での成長なのかなと思います。

前になおさんがEmail Me!で言ってましたよね。

自分自身を評価するのは他人だ。

自分がどんなに頑張っていても、成長したと感じていたとしても、それをそれに関わる他者が評価したり、認めたりすることがなければそれは成長と呼べないのではないかということですね。

もちろん極論ですし、小さな成長、自分にしかわからない成長絶対あります。

でもどこに基準を置いての成長か?これがネックになってくるのでしょう。

会社という枠組みで考えるとやっぱりわかりやすいですね。

会社には会社の基準があり、その基準からみると成長しているかしていないかは結構明確にわかったりします。

なので、自分はすごく頑張ってると自分で思っていても、その会社の基準で見た時に成長していないと判断されるのであれば、頑張りが足りないか、頑張り方が間違っているかそういうことになると思います。

会社という一つの基準のなかに身を置いているのだから、そこに自分の基準を持ち込んで、その基準では頑張っている、成長しているといっても通用しないのは当然ですよね。自分の基準が会社の基準よりも高ければ別ですが。

ただこれは自分を無理に変えてまで誰かを満足させることではないです。

 

自分の価値観や信念や道徳観を捻じ曲げないといけない「基準」のなかに身を置くことはないと思います。ということはどう成長したいか、どこで成長したいか、が大切ということですね。

難しいですね(笑

書きながら着地点がちょっとわからなくなりそうでした(笑

でも人の思考や哲学や感情はそんな単純なものではないですし、回り回って最初に戻ることもあれば、くねくね曲がって帰り道がわからなくなることもあります。深入りしすぎて全く別の場所にたどり着くこともありますね。

でもそれを繰り返すことで、少しずつ道みたいなものができて確固とした思考の道筋が形成されていくのでしょう。

たくさんの行者が悟りを開くために一人で山奥や洞窟等で苦行して思考に思考を重ねたのは結局そういうことなのでしょう。

 

それでは僕も明日からブラジルのアマゾンの奥深くで座禅組んで瞑想しに行ってきます!
Até logo!

Published inHiro

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