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感覚のお話

9月に入って残暑が厳しいかなと思っていたらすっかり朝晩涼しくなりました。

秋到来ですね。

あれ、高知だけじゃないですよね?

Good morning wonderful people!

 

今日は僕がカナダにいた時の話をしましょう。

あれはまだカナダに到着してから3ヶ月位経った頃だと思います。

あの頃の僕は全く英語が喋れないところからスタートして、3ヶ月間で少しだけ出来るようになった程度でした。

まだまだ同じスクールに通っている日本人たちと行動することが多く、空いてる時間はそのうちの1人エイキとバンクーバーの路上で日本の歌を流しで歌う(主にゆず)というようなことをしていました。

これが意外とうけて、置いてたギターケースには小1時間で2000円位はたまるようになりました。

手作りベースで一緒にセッションしたりする人もいれば、

日本人観光客で「頑張ってねー」とお金を置いていってくれる人もいたり、

それはどこの誰の曲なんだ?!と興味を示してくれる現地人がいたり、

スタジオ録音に興味がないか?と近づいてきたミュージシャン風の男に騙されて50ドルとられたり、

と結構面白かったのですが、

その当時授業の課題で作文「Composition / Essay」が出た時に、この路上ライブのことを書いたことがあります。

その時にどうしても、

「たくさんの人が立ち止まって聞いてくれた。」

と書きたくて、特にこの

「聞いてくれた

の部分を表現したかったんです。やっぱり嬉しかったですし、日本語のこういう感謝の気持ちを含む表現っていいですよね。まあ逆の「してあげた」はあんまりな感じですが(笑

まあ今ではどう書いたか思い出せないんですが、とにかく訂正されて、

Many people stopped and listened to us sing.

みたいな感じになってました。

そこで僕は先生に大抗議ですよ(笑

 

そうじゃないんだ。「たくさんの人が立ち止まって聞いた」じゃ伝わらないんだよ、俺の熱い気持ちは!

と大して喋れないなりにも直談判しました。

すごくいい先生だったんです。本当に。大好きでしたし。でもこの時ばっかりは敵意むき出しでかみつきました。

 

結局納得のいかないまま引き下がるしかなく、18歳の頃の印象深い記憶として今でも残っているのですが、今ならわかります。

英語ってこれでいいんですよね。

聞きたくないならわざわざ立ち止まらないし、わざわざ立ち止まって聞いたということは聞きたかったし、興味を惹かれたということ。

わざわざ無理して「〜てくれた」というニュアンスを伝えようとしなくていいんです。
この経験から、英語と日本語の言語としての違いということを理解できるようになった気がします。

違うものは違う。無理に日本語の感覚に合わせる必要はない。逆にできるだけ英語がどういう感覚なのかを理解する努力が英語を上手に使うための一つの近道だと言えるでしょう。

 

もちろん、「わざわざ〜してくれた」というような表現がないわけではありません。例えば、

 

He went out of his way to see me off at the airport.

彼はわざわざ空港まで見送りに来てくれた。

 

こういう表現を使うと日本語の「〜てくれた」と言うニュアンスが伝わります。ただ、この表現を僕の状況に当てはめるのは少々自分たちを過小評価しずぎることにもなりますし、割と自信満々な欧米文化ではめったにでてこないでしょう(笑

 

やっぱり異文化を学ぶ時は言語に限らず、いかに自国の文化から離れ、その国の感覚や価値観を理解できるかがカギになると思います!

是非一度考えてみてください!

Published inHiro

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