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ヒロのカナダ留学期:Episode 1

今から遡ること22年前の1998年、当時高校三年生だった僕は、ある決断をしました。

 

そうだ、留学しよう。

 

なぜ留学という選択肢に至ったのか?それにはいくつかの理由がありました。

 

1. 中学生の頃から夢だった日本人初のNBAプレーヤーになるということ、これが何と身長が170cmを超えないとわかった時点で潰えてしまった。

2. プロバスケ選手を諦めた後に始めたバンドの影響でロックスターになりたい思い、上京したいと親や先生に伝えるとびっくりするくらい猛反対を受け、反対を振り切っていくほどの熱はないと気づいて断念。

3. 親からとりあえず大学進学という選択をしてみてはどうかと提案され、受験をするも大して勉強に身が入らず失敗。

 

何にもなくなった時にふと頭をよぎったのが「留学」でした。

 

中学時代は野球に陸上、高校時代は体育コース+バスケ部ではっきり言って英語も嫌いではなかったけど得意な科目ではないなかで、

 

留学して英語喋れるようになったらかっこいいかも・・・

 

という本当に軽い気持ちでした。ただ親に相談すると二つ返事で「行ってこい」と快諾してもらい、本人の意思よりも速いスピードで周りが動き始めました(笑

 

ですがネットもない時代です。図書館でアメリカ西海岸、サンフランシスコなんかの情報をみてみたり、英語の先生に聞いてみたりしたものの対した情報も得られませんでした。(高校時代はちょうどポケベル全盛期、PHSを持ってる子はすくなかったです。みんなベル打つのめっちゃ速かったなぁ・・・)

 

元来綿密に計画をねって、石橋を叩いて渡るなんてこととは正反対、出たとこ勝負の楽天家という性格でして、あまり準備は進みませんでした。

 

そんな中夏休みに実家に帰った時に思わぬ出会いがあったのです。

 

高知の実家のある町で働いていたカナダ人の国際交流員のスコットが僕の父親と仲良くしていて、

 

カナダで良ければ是非息子さんの留学のお手伝いをと名乗り出てくれました。

 

そもそも大した思い入れもなく思いつきで留学なんて言ってたものですから、場所はもうどこでもよかったんです(笑 なので、是非お願いしますと即答させてもらいました。そしてそのスコットの日本人彼女さんとも話す機会をいただいて、いろいろアドバイスをもらい、スコットにはパスポートの手配から、学校、ホームステイ、航空券、トラベラーズチェックのことまで何から何まで丸投げ状態でやってもらいました(笑

 

全てを丸投げして気楽な僕は渡航先のバンクーバーの情報もほぼ全く調べないまま、英語の勉強もそこそこに、行ったらなんとかなるでしょ!と日本での残りの日々を楽しんでいました。少しでもお金があるようにとコンビニでバイトして、そこでできた友達たちと飲んで遊んで(未成年でしたが)、取り立ての車の免許であちこち行ったり・・・

 

そして高校卒業から3ヶ月後の

 

1999年6月

 

家族や友達に見送られついにカナダに向けて高知空港を旅立つのでした。

 

 

To be continued…

Published inHiro

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